コミュニケーション
医療者と患者のコミュニケーション:ヘルスリテラシーを手がかりにして
本項目の説明・解説は、米国の医療制度に準じて記載されているため、日本に当てはまらない内容が含まれている場合があることをご承知ください。
ヘルスリテラシーとは?
診療一般において、医療者と患者さんのさまざまなコミュニケーションが、医療行為や治療アウトカムに大きな影響を及ぼすことが注目されています。このコミュニケーションを左右する大きな要因の一つが、患者さんの「ヘルスリテラシー」、すなわち「情報を理解・活用できる力」です。患者さんの「ヘルスリテラシー」を医療者が理解し、その向上を支援し、それに合わせて医療を提供する関係を築くことが、医療者に求められる新たな課題となりつつあります。
通常の医療の現場でも、患者さんの「ヘルスリテラシー」が薬の飲み方やセルフケアに際して様々に影響していることは、多くの医療者が経験していることです。患者さんが、いろいろな医療情報や健康情報を手がかりとして、何かを決めていることには、それぞれの理由や背景があり、それを尊重することはとても大切です。しかし、テレビや新聞、雑誌のニュース、インターネット上の情報の「うのみ」は少なくありませんし、時としてそれが明らかな誤解であったり、危うい情報に騙されていたりする場合もあります。多くの統合医療(補完療法)は科学的に十分に確立されていないため、通常の治療法以上に問題のある情報が氾濫し、患者さんが益よりも害を被るリスクが否定できません。
ここでは、「ヘルスリテラシー」の評価法を手がかりにして、患者さんの「ヘルスリテラシー」を意識したコミュニケーションの方法を考えてみたいと思います。
「ヘルスリテラシー」には、3つの段階-機能的・伝達的・批判的があります。
第1の「機能的ヘルスリテラシー」とは基本的な読み書き能力です。日本人は通常の読み書きは問題なくても、医療関係の言葉が理解できないことは珍しくありません。医者の説明が、本当は分かっていなくても、質問できず、分かったふりをしてしまうこともあります。
第2の「伝達的ヘルスリテラシー」とは、情報を自分で探したり、他人に伝達したり、自分で適用しようとする能力です。これは「自分でそうしたいと思った時に、それができる」能力です。しかし、そもそも、健康に関する情報にあまり関心がない人もいますから、「伝達的ヘルスリテラシー」では、「できる・できない」だけでなく、それに「関心があるか・ないか」も併せて考えてみる必要があります。
第3の「批判的ヘルスリテラシー」は、得られた情報をうのみにせず、批判的に吟味し、主体的に活用しようとする能力です。
ヘルスリテラシー尺度(HLS-14)
次は須賀らが開発したHLS-14(14-item health literacy scale)という日本人成人の「ヘルスリテラシー」の評価法です。1~5が「機能的ヘルスリテラシー」、6~10が「伝達的ヘルスリテラシー」、11~14が「批判的ヘルスリテラシー」に関する項目です。
病院や薬局からもらう説明書やパンフレットなどを読む際に | |
1 | 読めない漢字がある |
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2 | 字が細かくて読みにくい |
3 | 内容が難しくて分かりにくい |
4 | 読むのに時間が掛かる |
5 | 誰かに代わりに読んでもらうことがある |
ある病気と診断されてから、その病気やその治療・健康法について | |
6 | いろいろなところから情報を集めた |
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7 | たくさんある情報から自分が求めるものを選び出した |
8 | 自分が見聞きした情報を理解できた |
9 | 病気についての自分の意見や考えを医師や身近なひとに伝えた |
10 | 見聞きした情報をもとに実際に生活を変えてみた |
ある病気と診断されてから、その病気やその治療・健康法に関することで、自分が見聞きした知識や情報について | |
11 | 自分にもあてはまるかどうか考えた |
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12 | 信頼性に疑問を持った |
13 | 正しいかどうか聞いたり調べたりした |
14 | 病院や治療法などを自分で決めるために調べた |
1~5 | 機能的ヘルスリテラシー:基本的な読み書き能力 |
6~10 | 伝達的ヘルスリテラシー:情報を入手、伝達、適用する能力 |
11~14 | 批判的ヘルスリテラシー:情報を批判的に吟味する能力 |
参考文献:Suka M, et al. The 14-item health literacy scale for Japanese adults (HLS-14). Environ Health Prev Med. 2013;18:407-15.
研究の目的では各項目があてはまる程度で最高5点から最低1点で点数をつけ、合計14~70点で3つの「ヘルスリテラシー」を評価します。しかしこのHLS-14が何点なら「ヘルスリテラシーが十分」とか「このようなコミュニケーションが良い」というように、得点からすぐに日常診療での実践が決まるものではありません。ここでは、そのような注意を踏まえた上で、患者さんの「ヘルスリテラシー」を考慮した医療者のコミュニケーションという取り組みに向けて、HLS-14の項目を手がかりに、医師と患者さんのやり取りの場面のいくかを考えてみましょう(今後の研究により、内容が変わっていく可能性がありますので、現時点の暫定的な提案としてご覧下さい)。
ヘルスリテラシーを考慮したコミュニケーションの例
HLS-14の項目を会話に織り交ぜることで、コミュニケーションのツールとしても活用できます。以下は、HLS-14を用いた、患者さんのヘルスリテラシーに配慮したコミュニケーションの例です。
ヘルスリテラシーとコミュニケーションに関する研究の紹介
特に、代替医療による副作用への対処行動と患者のヘルスリテラシーとの関連について調査した研究があります。
この研究は、Sukaらのヘルスリテラシーとほぼ同じ内容の尺度(Ishikawa, et al.2008)を用いて、代替医療による副作用への対処行動と伝達的・批判的ヘルスリテラシーとの関連を調査したものです。
- ・代替医療の利用経験がある慢性疾患患者を対象に何らかの副作用経験の有無を尋ねたところ、20.6%が副作用の可能性のある体調不良を経験していました。そのうち、45.9%が体調不良を自覚した後も利用を継続していました。また、61.6%は主治医に対して、副作用の症状と利用した代替療法を報告していませんでした。
- ・副作用を経験した者を、利用中止群と継続群に分けたところ、利用中止群のヘルスリテラシーの方が高い結果となりました。
- ・また、同じく副作用を経験した者を、主治医への報告あり群・報告なし群に分けたところ、報告あり群のヘルスリテラシーの方が高い結果となりました。
[湯川慶子ほか 慢性疾患患者の代替医療による副作用への対処とへルスリテラシーとの関連〔日本健康教育学会誌、2015;23:16-26〕
参考文献:Ishikawa H, et al. Measuring functional, communicative, and critical health literacy among diabetic patients.Diabetes Care. 2008; 31: 874-879.
以上から、医療者の立場では、患者さんのヘルスリテラシーを推測して、その状態に応じて積極的に副作用情報を提供したり、体調不良が生じていないか、患者さんからの報告を待つのではなく医療者の方から確認するなどのコミュニケーションが役立つと考えられます。
更新日:2015年3月28日
公開日:2014年3月28日